文:三橋弘行 写真:坂上修造 取材日:2017年5月10・11日
[ モーターサイクリスト誌連載 建築編 第5湯 ]





鳥取県三朝温泉、、、「みささ」とは難解な読みだ。その「三朝」の名の由来は、湯治で「三度朝を向かえると元気になる」、ということでそう名付けられたようである。
通常の温泉の湯治は、1週間とか数十日と言われるが、3泊4日と短いことが伝えられている。その訳は世界屈指の放射能温泉。といっても昔の人々はその泉質を知らなかったのだが。
三朝温泉のほぼ中心にある三朝橋、その橋のたもとに三朝温泉のシンボル的存在の河原風呂がある。川の両岸からも橋の上からも丸見えの混浴露天風呂なので女性には遠慮されるであろう。せっかくだから男性はどうぞ。
湯上りに駄菓子屋でツマミを買い、缶ビールを飲んで小さな温泉街を歩けば射的場。その前には廃業しているが明かりの点いたストリップ小屋。そんな陰の施設も射的場も温泉文化遺産として保存している三朝温泉はすごい。

三朝川沿いの左の横に長い木造建物が「旅館 大橋」。





温泉街から宿に三朝川の遊歩道を歩くと、対岸にずらりと並ぶ精悍な木造宿が目に付く。その全長は120メートル。これが国登録有形文化財の宿旅館大橋=B入母屋造りの玄関も風情はあるが、この対岸から見る建物は幻想的。


旅館大橋の創業は昭和7年で、建物はその時の建築物。しかしロビ―はリニューアルされ近代的。その大きなガラス窓から三朝川を挟んで一面グリーンの森の帯が目に映る。また全ての部屋が川沿いのため、「川のせせらぎ」が心地良い音色だ。でも、、、
「一日中ですからね、お客様の中には、騒がしいと感じる方もおられるようですよ。アルミサッシ窓ではないので防音効果も少ないですから」とは支配人の弁。「心地良い音」と「騒がしい」は人それぞれで違うようだ。




旅館大橋を訪れた理由が、文化財宿にあるたぐいまれな温泉、ということに間違いはないが、もうひとつ大きな目的があった。それは宿の主人であり料理長でもある素晴らしい会席料理を堪能することだった。
宿の主人は、厚生労働省の現代の名工≠竰イ理師会の殿堂インターナショナル・美食・アカデミー≠フ受賞、そして内閣府からは黄綬褒章≠授与された料理の腕を持つ。それがどれだけ凄いことなのかは正直なところ筆者ではわからないのだが、旅行会社である日本旅行の、協定旅館料理部門4年連続1位の実績(2017年春時点)は、多くの一般客に評価されていることで納得がゆく。
まあ筆者ごときがどうのこうのと料理を説明する必要などなかろう。料理写真を見ただけでもお分かりの事でしょう。






『トロンとラドンの放射能温泉』
ちょっと難しいかもしれないがお付き合いを。
地底にあるウラン鉱脈、それが7〜44億年後に変化(崩壊)した鉱物がラジウム。そしてなお変化し、放射線を発する気体となったものがラドン。トロンも似た工程を経ている。それらがこの温泉に混入している。
でも放射能泉って身体に悪いんじゃないの? と思う人は少なくないだろう。しかし放射能にも種類があり、あの原発事故のそれと自然界のとはまったく異なる。
ところで希少な全国の放射能泉はラドン温泉ではなくラジウム温泉と呼ぶことが多いが、かつてはラドンという言葉がなかったのでそのままになっている。同じくトロン温泉も聞かないだろう。それもそのはずでラドン以上に希少だ。宿いち押しの岩窟の湯、そのドアを開けた瞬間、ラドンとトロンの足元湧出の湯船が並ぶ。
なおこの岩窟の湯のトロンは1948年に世界一の含有量を確認されたという。何から何まで想定外の湯だ。

[ 旅館 大橋の湯]
泉質:含弱放射能−ナトリウム−塩化物温泉
源泉本数:自然湧出3 動力ポンプ湧出2 自家源泉
総湧出量:約164 L/分 源泉温度:53〜64℃(各源泉・季節で異なる)
pH 6.3〜7.1(各源泉で異なる)中性 
溶存物質:1771mg/kg(岩窟の湯)
源泉掛け流し(足元湧出は減温の為の加水あり)
浴室:2(男女別時間入れ替え制)
取材日:2017年5月10・11日





「こんなボロ宿にようこそいらっしゃいました・・・」。初対面でのこの言葉には仰天。これだけの実績のある主人なのだから、さぞ厳格で会話になるかどうかも心配していたのだが少し安心して話を料理に振る。どんな心意気なのかを。
「オレはね、万人にウケる料理を目指しているんですよ。味はもちろんだけど、見た目が大事。まずは前菜に気を使いますね。料理にルールなんてないんですよ。いかに良く見せるかが料理人の腕です」・・・見て食べて納得!





文化財建物の風情、美味い料理、そして素晴らしい湯と、三拍子そろった温泉宿はほんとうに少ない。三度朝を向かえなくても、1泊だけで癒やされ、そして元気になる宿である

料金はひとり平日2万6070円〜 (2名1室諸税込・1名宿泊は平日可)。全22室。立寄り入浴:1000円(特定日を除く15〜21時 この時間帯の岩窟の湯は女湯)
※料金は2017年取材時

旅館 大橋 公式HP >>


次回、「建築編」の6湯目は・・・

 福島県 東山温泉 
向瀧(むかいたき)


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