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一世紀以上も前から営んでいる立派な温泉宿。
それは山の奥にもかかわらず、多くの温泉好きに支持されていたという証だ。
先に申し上げてしまおう……
 「生きているうちに浸かりに行かねば損をする」



「古き良き日本の原風景、ここにあり!」



宿の姿にひと目ぼれ

「法師温泉 長寿館さん、その宿は私どもにはとうていマネのできない歴史の重みがあります」と、ある温泉宿の主人から聞いていた。
東京からモーターサイクルで約3時間、都会の混みあう道から高速道路に移って軽快に走り、そしてローカルな道路で時おりヘルメットにハチが「コォーン」と音をたててぶつかりながらも進路を山の奥へと分け入ってゆくと、その行き止まりに法師温泉長寿館、国登録有形文化財の温泉宿である。日本の昔ながらの原風景、その趣ある姿を一目見ただけできっと感動することだろう。特に都会の者にはたまらない。古いけれど、新鮮に映るのが不思議だ。

昔ながらの帳場でチェックインを済ませた後、早々に長寿館6代目主人にお会いする。1875年創業の長い歴史を持つ宿の主人だ、きっと厳格で、失礼ながら気難しい方だろうと思っていたが嬉しい誤算、ユルイ笑顔で迎えていただいて、ほっとした。

部屋に向かう廊下には、1982年の懐かしい国鉄(JRの前身の鉄道)のフルムーンポスター。これなのですな、以前からこの宿を知っていたのは。
もうひとつ、私のような鉄道好きには鳥肌が立つようなものが宿の渡り廊下に展示してある。それは上越線(標高2000m級の連峰をトンネンルで貫く、路線距離162.6kmの鉄道)の軌道断面図。勾配標とも言うその図面には1894年とある。なぜこのような鉄道図面がここにあるのか? 玄関横の囲炉裏でお茶をいただきながら、主人に話を伺う。温泉ではなく、まずはこの鉄道話である。
「宿の初代は上越線を作ろうと、鉄道会社を設立したんですよ。でも倒産、残ったのはこの宿だけですよ、ハッハッハ(笑)」。あの時代に、とんでもない構想を描いたご先祖様である。※後に国が引き継ぎ、鉄道を開通させる。

宿は最寄駅から遠い。それでも昔から多くのお客が訪れた。その中には日本を代表する文豪たちも。
風情があり、素晴らしい湯を持つ宿だからこそ多くの文豪たちに人気があったのも分かる。聞こえてくるのは沢のせせらぎ、鳥やカエルの鳴き声、そして風が葉をゆらす爽やかな音。そんな自然環境の中で、極上の湯に浸かって部屋で筆を取れば、やはり良い文学が生まれるのだろう。

「法師乃湯」で撮影された国鉄フルムーンポスター。法師温泉の名を出さない条件で宿は撮影を許可したが、時を待たずに広く知られる。


1875年の創業時からの文豪に愛された客室。ここでどんな作品を書いたのだろうか。そのテラスで宿の主人と会話。それにしてもこの趣きは……昔の日本建築はなんと美しいのだろうか




酒は酒屋、餅は餅屋

物事にはそれぞれ専門職があり、専門家に任せるべきだ……「酒は酒屋、餅は餅屋」。これは古くから伝わる日本の言葉。私はこの言葉が好きだが、しかし悩むことがある。私は文章を書いているものの本業は「もの作り」であって「もの書き」ではないのだ。ニセモノ? そんなふうに思うことがある。

限りなく地物食材を使った旨い夕食を食べ始めていると、宿の主人がやって来た。 72mlの日本酒を4本ぶら下げて。

筆者が酒飲みだからだろうか、料理を見た瞬間、ビールから日本酒に変更する。ニッポンの山里の幸には、ニッポンの酒が合う。それを見越してか、この宿にはさまざまな種類の酒が用意されている。温泉好きの呑んべいにたまらない。もちろんご飯も美味しいので、下戸の方も大喜び。


「まあまあまあ、いやまあどうぞ……」、主人と笑顔でガンガン飲み交わしながら、楽しい話を聞かせていただく。それをこの誌面でお伝えしよう、とその時は思っていたのだが、カメラマンも含め、3人で2リットル以上飲んでしまったのでなにがなんだかふ~らふら。しかし一つだけ話の節々をメモしていたので、しっかりと覚えている。
「温泉と酒は似てますよ。ほら、これらの酒、それぞれ味が違いますよね。辛いのやら甘いのやら。温泉だって全国に同じ泉質が二つとないのですよ。さて、うちの温泉を酒の味でたとえるとどうですか?」
「え~、熟成されたマロヤカさ、ですかね」。
日本酒には無垢の水が必要。真の温泉も地下からの無垢の湯と言えよう……これも主人の言葉。そうか、あの「酒屋と餅屋」と「温泉」には共通点があるようだ。どちらも「熟成」が大事。私の二つの仕事も、まんざら間違いではないような気がした。とはいえまだまだ熟成とは程遠い私だが。

鉄道、文豪、酒の話題ばかりで、肝心の温泉話にはまだ触れていなかった。でもこの写真だけで十分でしょう。「あ~気持ちいいっ!」とでっかい声をあげて言いたい法師乃湯。




法師乃湯の湯船の底:1200年前から湧き出ていると伝えられるが、当時は川底。現在も変わらず石の下から、気泡と共に清らかな柔らかい湯が湧き出す。


この湯船の底は玉砂利と石。その下からやんわりと湯が湧き出している。それも数十年前の雨水や雪解け水が、たっぷりと地中成分を含んで、そして地下で温められて。
全国に約2万数千本もある源泉の中でも、湯船の底からダイレクトに湧き出る適温の湯はたった20数ヶ所しかないといわれる〝足元湧出〟、この湯は極少数派である。また、湯船の底から湧く温泉だからこそ、温度には手が加えられない。高温でも低温でもなく、この源泉は約42℃。湯船の湯は少し下がって40℃くらいだろうか、ちょうど良い偶然の賜物なのだ。

国登録有形文化財にも指定されている築百二十数年の浴室も幻想的だ。その豪快な太く長い天井の梁を見上げながら、これぞ極楽、という心地良さを目と肌で感じる。時おり底から気泡が「プクプクッ」とご挨拶、この湯加減はいつまでも浸かっていられる。
「……ああ、なんて気持ちいいのだろうか」

宿の風呂はここだけではない。ほかにも個性的な風呂があるので浸かってみることに。






湯守の心意気

読んで字のごとく、湯を守る務めが「湯守」である。しかし氏の仕事は宿の湯船を維持管理するだけでは済まないことを主人から伺った。

1980年代後半、この地域にダム、そして大型のスキー場の建設が計画された。ダムができれば地下の水源が変わる。スキー場ができれば森林が伐採され、水資源の環境が変わる。すでにこの村の水道水源が変更され、美味しくない濁った水に村人は困っていた。
そんなある日、イヌワシが飛んでいるのを見た。イヌワシは国の天然記念物(国内希少野生動植物種)で、その地域の開発は制限される。そこで主人は先頭に立って、日本自然保護協会の協力を得てイヌワシの生息、そしてクマタカも確認。およそ10年かけて、ダム・スキー場の計画をストップさせたのである。
「鳥のせいにしたら、誰にも迷惑がかからないからね、ハッハッ(笑)」 と笑って話すが、先祖から受け継がれた法師温泉の湯を守るには、大きな視野と労力が必要だったのである。・・・どうです、代々の主人が大切にしてきたこの歴史ある温泉、浸かってみたくなったかな。 




所有するカタナの手入れをする主人。会話している時とはまったく違う怖いほど真剣な表情。※宿にレプリカは展示。









法師温泉 長寿館
群馬県利根郡みなかみ町永井650番地
TEL 0278-66-0005

●料金は1人平日 ¥20,500~(2名1室の税込)。1名宿泊可。全34室。
●宿のスタッフの英会話・・・可

[湯]
法師乃湯/長寿乃湯:カルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉 41.5℃ pH8.5 アルカリ性
玉城乃湯(内湯):上記温泉と単純温泉(28℃)の混合泉 pH8.5 アルカリ性
玉城乃湯(露天):単純温泉 28℃ pH8.5 アルカリ性
源泉本数:3 自然湧出 2 / 掘削自噴 1 自家源泉
総湧出量:433ℓ/分
源泉かけ流し 加水なし・加温なし ※玉城乃湯は湯温保持のための循環加温あり 
浴室:混浴 1(女性時間あり)・露天付き内湯 1(男女交代制)・内湯 1(男女交代制)

[宿データ] 2021年12月現在

公式サイト http://www.hoshi-onsen.com/



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