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藤岡社長と三橋氏の首脳会談。豊富な種類の鹿革を前にすることで製品イメージにターボがかかり、より具体的になっていくのでしょう。

 「革の強さといっても、銀面と繊維自体とでは違います」
 こうおっしゃるのは2007年の今年で創業125年の藤岡勇吉本店5代目となる藤岡社長である。確かに、鹿革の場合は銀面と呼ばれる革の表面部分が弱い印象がある。そのイメージのまま繊維部分も考えてしまうと、ちょっと弱いんじゃないすかぁ……と思ってしまっても無理はない。ところが、この繊維部分が鹿革の最大の魅力であり、強度としなやかさと弾力性を持ちあわせている根源なのであった。鹿革のコラーゲン繊維は、非常に繊細な繊維が緻密に結合したものが、幾重にも網目状に絡み合っている。
 この場合、言葉ではなんのことかよく分からない。牛革だってそんなんじゃぁないの? と聞かれれば、そうなんですけれどね……と答えざるを得ない。その違いは、どこにあるのかといえば、「非常に繊細な繊維」か「繊細な繊維」かということになる。
ぎっしり詰まった鹿革の繊細な繊維:拡大マクロ写真

 それぞれが、同じような構造を持っていても、鹿と牛とでは、絡まり方や繊維の太さや長さが違ってくるということである。もちろん、これは繊維部分だけでなく、銀面にも同じことがいえる。だから、鹿革と牛革では違った性格を持つことになる。鞣しの技術によって、同じような特性にすることは可能だとされるが、それでは各々の魅力を最大限に引き出すことなはならない。
 繊維が密でありながら、弾力性に優れるということは、それぞれの繊維がクチャクチャと絡み合ったアフロヘアー状態ということに近い。アフロの人は、頭が大きいのでヘルメットがかぶれずに、バイクには乗れないかというと、案外すっぽりとかぶってしまう。あれは髪の量が増えたのではなくて、カタチが変わっただけで、その大部分は空気なのである。だから、見た目には暑苦しいが、案外通気性は良いのかもしれない。鹿革も同じで、柔らかく通気性も良好である。なんと、戦時中には航空機の燃料用フィルターにも使われていたという。
 さらに、この複雑に絡みながら通気性も良いということが、革自体の寿命を延ばしている。それぞれの間に空気層が保たれやすいので硬化しにくいというのだ。つまり、いつまでも柔らかくて、しっとりとしているということである。まさしく、柔よく剛を制すという言葉が似合う素材である。
 いいじゃん、いいじゃん、鹿ジャン、いいジャン……。




皮から革に、加工・・・工場拝見
あまりの嬉しさにバイクで突入し、怒られて引き返す哀れな男の図。

これがニュージーランド産の原料皮。

残存肉片を機械ではぎ取り形を整える。

独自の鞣剤に数日間漬けられ鞣される。
産地で脱毛処理、酸漬けされている。

鞣す前に最終用途に向けて皮を選別。

作業進行順に整然と機器が並ぶ工場内。


鞣し加工され乾燥中の革。この段階で、すでに真綿のようなしなやかな手触り。なお、終始案内してくださった、山本さん(左)と久保さん(右)。ご自分の仕事を止めてまで、ありがとうございます。


さらなる加工まえに自然乾燥される。

武具用などの藍染めの革も美しい色。
この段階は“皮”それとも“革”……。

革の大きさを測る作業は最終段階。


横たわる大きな樽みたいな装置はドラムとかタイコと呼ばれ、グルグル回りながら、染色や揉みほぐしなどの作業で大活躍。動きも形も洗濯機の洗濯槽を巨大にして横にしたイメージ。


剣道などの武具、ここの得意技。
鞣された革をピンピンに伸ばす作業。
武具に使われるクロム革の加工作業。

伸ばした革の表面を熱したコテで丁寧に焼いていく。

焼いた表面を研ぐ。すべて手作業。
独特の美しき飴色に焼かれた鹿革。


良い革が良い製品には欠かせない。されど、ここは一方通行でもない。タンナーさんと製造者との共通のイメージが大切。やっぱりイメージなんですよぉ、お客さん!?






 さて三橋氏がジャケット用に選んだ革は、植物性タンニン鞣しの鹿革。そして、グローブ用には鉱物性クロム鞣しの鹿革である。牛革などでは、一般的に固めの仕上がりが期待されるのがタンニン鞣しで、柔らかく伸びのある仕上がりがクロム鞣しとされている。であるならばジャケットもクロム鞣しでは……という、イメージ先行型の私であったが、実際に豊富に並ぶ革の見本を手にするれば、いくらなんでも、なるほどと言わざるを得ないのである。
 「タンニン鞣しは、軽いイメージで柔らかい。その上、艶があって伸びにくい。クロム鞣しは、吸い付くようなしっとりとした肌触りがあって、伸びやすい。その反面、重いイメージと銀の弱さがあるんです」
 藤岡社長の言葉を聞きながら、革を手にすると余計にわかりやすい。三橋氏は、この2種類の革からジャケットとグローブを製作した。
 「タンニン鞣しのジャケットは、柔らかく身体に馴染むけれど、伸びにくいだろぅ。肘が伸びても、そのまま突っ張ってカタチがが崩れにくいんだな。グローブの場合は、伸びるところはしっかりと伸びてもらわないと操作性に影響するし、なによりもジャケットと違って肌に直接触れるわけだから、肌触りは大切なんだよ。でもよぅ、やっぱりあっただろう、もっと良い革が。さすがは、鹿の聖地・奈良だよなぁ」
 「ヘイ、ヘイ、その通りでござんすよ、旦那さん」
 というような、太鼓叩きをあとでこっそりしてみまして、なるほど鹿革ってのは素晴らしいもんでヤンスねと納得するのだが、やっぱり銀面(表面)は弱いんだよね……という悲しみも少々感じてしまう。でも、それはグローブからくる先入観かもしれない。グローブの場合は、そりゃもう、使っている間はこすれまくりである。それも、グリップやらレバーやら硬いものばかりが相手である。だから、表面がいずれ剥げても仕方がない。でもさぁ、ジャケットってそんなにこすらないだろう!? ジャケットってグローブみたいに硬いものとこすれ合ったりしないだろう!? いまだにデパートの床で「買って、買って」とダダをこねる子供のような仕草をすることが多いなら、銀面にも悪かろうが、そんな大人には鹿革が似合わない(いないだろうけど)。だから、それで良いのだ。



ほんとうに良いものを作ろうとするなら、良い材料が必要。それは電話やFAXで、ましてやメールでなんか注文できない。現場を訪ねて、直接、職人さんに趣旨を伝えて作ってもらう。それを目の行き届く工房で製作する。完成した製品は、多くのニッポンの職人さんの技の結晶。よって、安いものを作ろうなんて努力は、まったくしていないのだ!分かったかぁ、いしの! ・・・三橋氏談





 先日訪れた浅草の「皮革産業資料館」で見た、鹿革の羽織がとても格好良かった。あれは江戸時代に、火消しの頭領が着るものであったが、その他にも武家の陣羽織としてや畳職人の頭領なども鹿革の羽織を使っていた。いずれにせよ、選ばれた人たちだけである。
 その時代の鹿革羽織は、ふすべ鞣しという、燻煙(くんえん)による鞣しが行なわれていた。藤岡勇吉本店では、この古来からの技術による鞣しも行なっている。巨大な樽みたいな形をしたドラムに皮を貼り付け、煙で丁寧にいぶす鞣し技術である。現在、これらの技術による製品は、剣道や弓道などの武具関連に使用されている。限りなく白に近い薄茶色をした、品のある革である。ほかにエゾシカの皮も。これは神事に使われる革蹴鞠(けまり)などの道具に使用される。
 藤岡勇吉本店では、出発点こそ日本の鹿の皮を加工していたが、やがて輸入にした原皮を鞣している。現在の主流はニュージーランド産だ。野生の北米産に対して、牧場育ちのニュージーランド産は少し大きくて、傷が少ない。また、繊維の質も違うという。それでも、神事の道具には日本産であるエゾシカを使う。これはこれで、良い話だと思う。

神社に収めるエジシカ製“けまり”

 かつて、江戸時代の火消しの頭領たちが着ていた羽織は、一部は幕府から支給されたものらしかったけれど、やがて「自分たちで調達しなさい」とされてしまったらしい。高価なものだったのだ。だから、火消しの際には革羽織が熱に対して有効と分かっていても、実際にはもったいなくて木綿などの代用品を着ていたという。
 江戸っ子よ、ちょっとセコイぞ。でも、その心意気は良く分かる。革ジャンなんて、羽織ってなんぼなんだけれど、ちょっともったいない。でも、着たい。そこが良い。

 序文の「革の話」でも触れたが、原皮の供給の基本は食用肉である。だから、「焼き肉」からイメージされる牛には、その量はとうていかなわない。体躯も牛より小さい。だから、鹿革の供給は、牛革ほどではないゆえに、やや高価なイメージとなってしまう。でもね、だからこそ、自分のイメージに合った革の質感や着心地が得られるんですね。人それぞれだけど。先入観だけでは分からないから、ぜひ鹿革を触っていただきたい。本当は、ジャケットを触って欲しいけれど、グローブでも、小物でも、それぞれに鹿革の魅力が分かると思う。牛革のジャケットを持っている人には、また違った革製品の触感が新しいと思うので、2着目にはオススメだ。

 鹿革のジャケットはちょっと高価だけれど、ガシガシと着倒していただきたい。最初から、ちょっと枯れたイメージの鹿革だけど、その枯れ具合はいつまでも保たれるからね。

 さて、鹿革が弱いなんていうイメージは払拭できたかな。
 ところで、そこまで褒めるんなら、お前も鹿ジャンを持っているんだろうな!? と思われても仕方がない。でもね、持っていないんだな。だって、私は馬面だから、馬ジャンのほうが似合うもんね……でもさ、よく考えると、馬も鹿も同じように長い顔してるよね。馬だけが長い顔なんて、先入観だねぇ。





[アップでおまけ]・・・左が馬で右が鹿。質感の違いが分かるよねえ。どっちがいいかは、好みによるけど、、、。


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