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石井商会の石井直文氏にお話をお伺いした。

 石井商会の石井さんは仕上げ加工の熟練工である。この工房には、すでに皮を革へと加工する"なめし"と、染色という工程が済んだ革が持ち込まれる。この状態は、確かに皮から革へと姿を変えたけれど、未だ衣装が整っていない裸やパンツ一丁の状態ともいえる。そこで、この工房でそれぞれの舞台へ向けた衣装をまとわせるのである。それぞれの舞台とは、ジャケットや鞄などの用途やさらなる加工によって製品となるための染色である。ペアスロープの製品でいえば、滑らかで艶のあるアンティークブラウンの色出しだったり、耐水加工、そして柔軟にする加工やバフ掛けの作業も含まれる。

 ひんやりとした工房のなかは、巨大な機械がゴンゴンと音を立てている。そこに1枚ずつ手作業で大きな革が送られている。塗装作業に入る前に、下地を整えるためのアイロン作業だ。この工程を塗装の前にしっかりと行うか否かが、製品の完成度を左右するという。だって、朝起きたら顔を洗ってから化粧でしょう。起きていきなり化粧はしないでしょう!? 
 アイロンは足りなければ数回繰り返す。革の質や最終的な製品、さらには季節によってもその工程は変わるという。そうして塗装に入るが、塗料は石井さんが独自に提案した粒子の細かいものもある。これを機械で塗布する場合もあれば、手作業で塗布する場合もある。それは、最終的にどんな商品になるのかを把握しているからこそ、きめ細やかな作業の違いを分けられるのである。こういう、目の届く範囲で手を抜かない製品を作っていく姿勢はペアスロープの各工房にも共通するものがあり、なるほどと納得せざるを得ない。

 なんかねぇ、私ったらもの凄い"おべっか野郎"みたいでしょう。そうなんだよねぇ。ただのおべっかみたいに思われちゃうと心外なんだけれど、そうだよねぇ。思うよねぇ。
 でもね、違うんですよ、お客さん。すべてのもの作りに共通することだけど、手間を惜しまず、様々な要素をケチらずに作られたものは完成度が自ずと高くなるってもんで、1枚の革から無理すれば4つのパーツが採れる場合でも、無理をせずに2つのパーツに留めることが完成度を高める。でも、その分お値段は高くなる。使えない傷があれば、それを誤魔化して使ったりしないで、使わない。でも、それをもったいないって考え方もあるわけで「賞味期限は3日ほど過ぎましたが、その分お安くしますけど」っていえば、納得するのに、日付を変えちゃったりする。だから良くない……おぉ、話が脱線したぞっ。

1枚ずつ丁寧にアイロンマシンで革の表面を適度に温め、塗装のノリを良くさせる。何度か繰り返すこともある。

前半は塗装マシンで、後半は乾燥機となる。オリジナルの機械でないと、乾燥機部分が倍くらいになるという。

革によっては、キメの細かい繊維で、表面にギュっとバフ掛けをする。

塗装マシンは石井氏のオリジナル。革の全面に塗料をムラなく吹き付けるとともに、そのまま乾燥させる。

革を揉みこんでほぐし柔らかくする。これも石井氏のオリジナルで、2本の腕部分に革を取り付け振り回す。通称“バタフリ”。

写真の左半分がバフ掛け前、右半分がバフ掛け後。その差は歴然である。


手前の革にも大きな傷があるのが分かる(写真のクローズアップ部分)。これは、作業工程でできた傷ではなく、天然素材ならではの、生きた証でもある。








 石井商会で仕上げられる革は1次加工の製品で、そこからジャケットやブーツになるのは2次加工の製品。2次加工の製品の良し悪しってのも見分け方は、なかなか難しいけれど、1次加工の時点でも見分けることができるのだろうか。
「それは一概には言えないんです。結局は製品になった段階でのことがありますから。この革が、どういう要素を必要とするかをイメージした結果に良い革、悪い革という判断があります。銀(革の表面)と床面(革の裏側)、柔らかさやしなやかさ、女性が使うのか、男性が使うのか、さらには女性がデザイナーなのか……といったことですね。それに国によっても変わります。たとえば革の本場といわれるイタリアでは、職人さんが自分のイメージで良いと思ったところで完成させ、次の職人さんが製品を形作るけれど、日本ではその流れができないこともある。それと、革は高級なもので、傷があるものとは思っていない人も多いですから」とおっしゃる。

キップなどの高級牛革に使用されるマシン。

冒頭に登場したアイロンマシン。
イタリア製である。

こちらは日本製。

 確かに、基準を大きく逸脱したものは問題があるけれど、そうでない場合も日本では避けられがちで、革は天然素材なのに、工業製品のような統一感を求めてしまう。曲がったキュウリよりも、農薬を使用してでも真っ直ぐなキュウリを求めてしまう切なさに似ている……。それに、女性物の鞄でもデザインがカッコイイなぁとか思って、手に取ってみると、何だか質感がしっくり来ないこともある。でも「なんだい、この革!!」なんつって攻めてはいけないのである。

 ところで、和牛ってどうなんだろうか。これを聞かねば、次には進めまい。
「北米産も丁寧に仕上げればほとんど違いがない。それでも和牛の質は、キメが細かいことにあります。とくに昔の和牛は、農家が一軒一軒で飼って、餌を与えて、ブラッシングしてというように大切に育てられていましたから。それと、和牛は大きいけれど締まっています。これが乳用牛のホルスタインなんかだと、半分は使えないこともあります。あとは、放牧されている和牛は傷があることも多いです。北米産には焼き印もありますしね」
 和牛はスッゲー良い、という展開を期待した割にはいささか腰砕けだが、ちょっと良いってのが和牛である。それでも、北米産のように供給が十分でなく、希少性では北米牛の比ではない。そこもちょっと良い。キメの細かい和牛をギュギュっと固めになめしたベルトなんかもよいねぇ、なんてことを言ってみたら、池田君が「和牛を使ったベルトも企画中なんですよ」なんてご都合主義な展開になった。ジャケット、ハンチング、グローブときまして、次はベルト。さらにはパンツとブーツも作って、和牛一族の完成です」などと、鼻の穴をフガフガさせている。どうやらお腹が減ったようだ。



大切に育てられ、大切に加工される但馬牛の革。この質感!
「屋島ショート」。尾原氏の屋島工房で作られる非常に美しいグローブである。
但馬牛と大島紬、これほどの帽子が他にあるだろうか…。「THOハンチング」
今回、池田君が着ていたF-58J。なんとシステム手帳まで和牛!


 石井さんは革の成り立つ要素は"化学と物理の組み合わせ"だとおっしゃる。化学は薬品の組み合わせであり、物理はおさえる、さする、撫でるという機械的な作業。この両方をバランスさせて、良い革を完成させる。そのためには、経験と研究を重ねて塗料の調合を駆使し、地道な作業の繰り返しをも厭わない。防水と塗装の仕上げに関しても、層を重ねて撥水剤を入れ、そのうえで革の呼吸を妨げない。これは経験だとおっしゃる。

 石井商会さんを後にして、市川の流れを眺めながら、お話を思い出していた。姫路白なめし革は、そうとう手間が掛かる革であったらしいが、現在の革だって十分に手間と時間を掛けられている。だから銀(表面)が良い革がうみだされるんだなぁ。銀が良い……銀河、良い!! そうか、急行“銀河”を指定した理由はこれだったのかぁ。止めどなく流れる涙を市川の広い河原に流し続ける私であった。



ばらされちまった…。by池田

今回の姫路訪問には、実はもうひとつ目的があった。

来春に向け、素晴らしいブーツが作られていることを感づいている敏感なユーザー様もおられるはず…。そう、かっこいいブーツにはかっこいいベルトが必要なのである!僕はその革の相談をしに行ったのであった。
……ええい、この際宣伝だ!笑
バックルは真ちゅう鋳物で発注済。乞う、ご期待!






和牛の郷に来て、和牛を着て、和牛を食べるんですよって、ベタな写真だなぁ。

 朝、姫路駅に到着して駅から出ると、未だ10時にもなっていないのに「この時間で、ビフカツ食べられるお店ありませんかぁ?」などと、おポンチな質問をしている馬鹿がいた。困った観光案内所のおばさんは、ここならあるかもといってファミリーレストランを紹介してくれた。「ナイスです。ありがとう」といって颯爽と尾原さんの車に飛び乗り、一路ファミレスへ。
 あるわけナイスです。仕方がないのでモーニングセットという、お国柄もなにも関係ない朝食をいただいのだった。

「昼は但馬牛っす」といって、昼こそビフカツと息巻いていた私の気持ちを池田君に軽くあしらわれてしまった。喜ぶべきか、悲しむべきか車内で悩んでいる私をよそに、尾原さんは車を走らせる。そこは、中国自動車道の山崎ICからほど近いトッポ・ジージョというレストランであった。姫路へ来る前から、割とリーズナブルに由緒正しい但馬牛を食べられるお店をインターネットでせっせと探していた池田君は、プリントアウトした地図を片手に尾原さんをせっついている。
 そんなこんなで、但馬牛のジャケットには但馬牛レストランがよく似合うってなベタな展開。メニューにはきっちりとビフカツもあるではないかぁ。私は悩み続けた。但馬牛ステーキにするべきか、ビフカツにするべきか……。ステーキのほうが素敵なんじゃないか。いや、カツにこだわるべきじゃないのか……。
 こだわりの中年男は、結局ビフカツを選んだのであった。長いこと合いたかった文通相手とご対面という日に、一緒に来ていた友人が絶世の美女だったらどうするよ……。嬉しいんだか、悲しいんだか分からないが、とりあえず対面成功である。

 確かに美味い。ビフカツでも但馬牛なのであるから、当たり前に美味い。トンカツとは比べる対照が違うと感じるほどに薄目のカツレツは、お肉も柔らかく素直に喜ばしい。隣でステーキにナイフを入れる池田君に「ちょっと頂戴」なんて卑しい言葉を呟かなければ、この出会いはひじょうにシルキーなものだったのだろう。だが、呟いてしまった。口のなかに広がる濃厚でジューシーな肉汁。きめ細やかな肉の線維。あごに伝わるファジーな食感……。麗しい出会いが、台無しである。でも、この但馬牛のお肉とジャケットの革との接点はなんとなく分かるような気がしたのがせめてもの救いであった。


なんだか、二人とも食べ慣れていない感じが、なかなか、いいんじゃないすか。
尾原氏がチョイスしたローストビーフも、なんとも贅沢な色合い。
ビフカツだって負けてはおりません。実に美味しい。でも、隣に彼が居なければ……。
出た〜!その色合いといい、厚みといい、見ているだけでよだれがこぼれ落ちそうな但馬和牛ステーキ。



 気分を良くした池田君は、姫路城に行って「天晴れなり但馬牛!!ってな写真を撮って東京に帰りますよ」と張り切っているが、姫路城の観覧時間は残り30分であった。天守閣まで急いでいっても仕方がないべ……と池田君を説得し、どうせだったら加古川で"かつめし"というものを食べてみませんか? と提案する。遅い昼飯のあとは、早い夕飯というわけである。

天守閣から「天晴れじゃ」と叫ぶ予定が、何だか下から叫んでるね。

 この"かつめし"とは、いわゆるトンカツ定食がビフカツになって、和風デミグラスソースとボイルキャベツが添えられた"箸で食べられるビフカツ"だという。なんと、加古川名物なのである。トンカツvsビフカツに燃える私にとっては、ひじょうに好ましい食事であった。
 トンカツの厚みに幸せを感じる私としては、ビフカツは物足りない、というのが正直な感想である。確かに美味しいし、ちょっと贅沢な舌触りだけれど、あのサクっとしたトンカツの食感が好きなのである。でも、牛革は豚革よりも好きですよ、もちろん。
 なんだか、カツばっかり食べて、喝を入れられそうな後ろめたい気持ちを抱えながら加古川の駅に向かう冬の長い一日なのだった。



姫路城の門の細工をやけに嬉しそうに触る尾原氏。何を考えているのだろうか? いやらしいなぁ。

関西では“ヒレ”じゃなくて“ヘレ”なんだよね。食材辞典にはヒレなんだよね。でも、どっちでもいいけどね。知り合いの関西人に聞いたら「ヒレは魚にあるもんじゃい」と怒られた。その通りだね。

男奈良の奈良の旅に引き続いて、バイクには厳しい世界遺産を目の当たりにしてしまった。羽柴秀吉も泣いておろう。

こちらは加古川のかつめし。近所に1軒あったら、けっこう食べたくなる味。デミグラスソースがいい感じ。今度はとんかつにかけてみようか……。


左は馬。右は今回は鹿じゃなかった…。


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