2008年9月13日 [最終話]

 朝起きて今回のツーリングで最後の荷造りをする。出発時と比べて荷物の増減はそれほどないが、持って帰るものの重さが違う。なぜなら、思い出というずっと記憶に残るものを持って帰るのだから・・・。朝からクサいこと言ってすいません(笑)

 僕は北海道に来た時とは違う航路、小樽10時半出航、新潟に翌日6時到着するフェリーに乗るのだが、これには理由があり、それは大洗〜苫小牧フェリーと比べておよそ6千円も安いからだ。新潟から関越道で群馬の実家まで帰るときの高速代を差し引いてもまだ安い。だったらこっちに乗るしかないでしょ〜!?そろそろ財布の中身も心細いことだしねっ(笑)

 渡どり哲也の前にて一晩一緒だった人と写真を撮る。彼はこれから北海道を回るそうだがこれから先が楽しみで仕方がない様子だった。ちょうど10日前の僕もこんな感じだったのかなぁ。。。羨ましくもあり、そしてちょっと懐かしく思った。

 そんな彼とも別れを告げ、昨晩の小樽運河の横を走り抜けてフェリーターミナルへと到着した。受付をサッと済ませ、後は乗船を待つばかり。周りを見渡すと1人でいるのは僕ぐらいなもので他の人たちはみんな誰かと付き添って来ている。そしてそんな人達のほとんどが社会人だった。社会人になってからも昔の仲間と連絡を取り合ってこうしてツーリングに行ったりしているんだろうなぁ。学生の時とは違って、それはそれで違った楽しみがありそうだ。だが、今は学生にしか出来ないツーリングを満喫するとしよう。

 ようやくフェリーへの乗せ込みが開始されると続々にバイクがフェリーの中へと吸い込まれていく。航海中コケないようにバルカンをロープで固定した後は荷物を持って客室へと向かう。
 行きと同じで一番安い二等客室だが帰りは僕1人ということだけあってひどく部屋ががらんどうと、余計に広く感じる。5人でフェリーに乗ったあの頃が懐かしく思えた。

 ついに出航の時間が来た。僕は表に出て、潮風に当たりながら少しずつ遠ざかる小樽港、そして北海道をしばらくずっと眺めていた。
 そして18時間の長い船旅の間、数日前の光景が次々と目に浮かんできた。
























 ここからあとがき的なことを書こうとしたのだけれど正直に言うと最初、文章がうまくまとまらなかった。もちろん悪い意味じゃなくて良い意味で、だ。やっぱりそれだけ沢山の思い出があって何から書いていいかわからなくなってしまった。

 今回、北海道に初めてツーリングに行ってきた。話で聞くのと実際に体験するのとではまるで大違いで見るもの、聞くもの、食べるもの、出会うもの、その全てが新鮮で目新しく1日たりとてワクワクしなかった日はなかった。
北海道の大自然の中を走り回って、美味しい料理に舌鼓を打ち、出会った人と話に花を咲かす・・・。どれもが北海道だからこんなに楽しめたのであって、その1つ1つがこれから先ずっとかけがえのない思い出として残っていくことだろう。学生のうちに、こんな経験をすることが出来て本当に良かったと心から思っている。

 そしてMMCAの6人で北海道を回れたっていうのも大切な思い出だ。行く先々でみんなで馬鹿騒ぎし、なんてことないことにでも喜びを覚え、そして例えコケてしまったとしても、後から思い返すとそれらはもう立派な思い出だろう。学生という今だからこそ出来ることでこれから先、みんなが社会人になってしまえばこういった機会はなくなってしまうのかもしれない。だからこそ、今を存分に楽しもう。焦ることはない。1回1回の旅を大切にしようじゃあないか。

 ・・・そうそう、MMCAと言えば肝心の幹事長ダイスケさんは今回、結局最後まで姿を現さなかった。多分、忙しくて来れなかったのだろう。せめてにもと、お土産話をどっさり抱えて帰って聞かせてあげることにしよう!


 学生にはお金がないけれど、それでも北海道は十分、いや十二分に楽しめた。
 そして、そんな北海道は本当にライダーに優しいところだった。何回も北海道に旅をしに行く人の気持ちが分かったような気がした。これから先、何十年も後、僕がお爺さんになってからもその時はハーレーに乗ってきっと北海道を走っていることだろう。

 そんな未来のツーリングへの始まりとして今回の学生達による北海道二輪旅紀行を締め括りたいと思います。
 今回も所々、見苦しい箇所があった上に11日間という長きにも関わらず最後までご覧頂きありがとうございました!よろしければ紀行文の感想、ご意見等お待ちしております!

 おや・・・?そろそろ新潟港に着くようだ。結局一晩中、思い出を語ってしまった。群馬の家までは関越道でおよそ3時間。関越トンネルを抜ければもう、すぐだ。
 さぁ家に帰ろうか!北海道の思いを乗せて・・・。
明治大学商学部 木村友哉






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[ ウェブ担当者よりこのページの・・・キビシイあとがき] 最終回
 11日間、11ページがやっと終わった。同時にこのあとがきも最後となる。写真も文章もプロではない私が、どちらも言いたい放題、文句ばかり書いた気がする。
 「もう少し優しくしてあげてもいいじゃない、学生なんだから」という意見もある。しかしですよ、良くもないものを褒めたりしたら、調子に乗って立派な社会人にはなれないのです。そう、私のような者にならないためにも、今からしっかりと言ってやりたいのです。
 で、前回の二輪歴史旅“真田(さなだ)編”は赤点、今回の北海道編はといえば、、、60点がいいとこでしょうねえ。スレスレで進級できるかどうかって感じ。だいたいから、メーカーのサイトなのに製品の宣伝がない! いや、あったけど、カラスのクソまみれのグローブだけじゃないか。あの写真で宣伝になるか、っつうの。まあねっ、ウソでもいいから、このページ最後の締めくくりに、
 「・・・今は生産国不明な革ジャンを着ているけど、こんど北海道に来るときには、ニッポンの職人さんの、憧れのペアスロープの革ジャン着て走り回ってみたい。きっと何倍も楽しい旅となるでしょう・・・完。」
 こう書いてくれれば、90点だったのにねえ。
 それにしても、若くて、ちょっと背が高くて(186cm)、少しばかりマスクが甘いくらいで(全て私よりも)、ドシロートの紀行文にファンレターなんぞくるわけがない。何を寝ぼけたことを言うのか。でもこれ、本人の希望で、皆様からのご意見・ご感想をお聞きしたいとのことで掲載しました。(私のあとがきとは違うことを期待しているようだが、きっとたいして変わらないと思う)
 まあ木村青年なりに一生懸命書いた紀行文です。よろしかったらメールでも頂ければ幸いです。
 それでは、また、、、。
2008年10月11日 筆



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