屋島山上からの夜景



 関東の方にはなじみ薄いかもしれませんが、あえて香川県の観光地を選ぶとするなら、大抵入ってくるのが高松市の「屋島」です。

 標高約200mの台地状の山に登れば、そこには四国八十八カ所の札所があり、多島美で知られる瀬戸内海国立公園の眺望は見事。そしてはるか「いにしえ」に想いをはせる源平合戦の史跡巡りなどなど。

 そう! かつては、メジャーな観光地なのでした(過去形です)


屋島とは、高松から東に5kmほど行った、屋根型の台地状の半島のこと。その名のとおり、昔は島であり、今でも陸と隔てる名残の小川があります。

 僕はこの屋島生まれで屋島育ち。屋島小学校に屋島中学校を出て、今は屋島の消防団員。叔父さん家は、屋島中町1番地で、親父もお袋も屋島出身。嫁ハンも屋島つながりで、平家滅亡の地、下関からもらってきたのでした(偶然ですが)

 そんな屋島で暮らしているのですが、2005年からはこの地でグローブ作りを始めています。革の裁断と縫製はグローブ作りの”メッカ”東かがわ(白鳥)の工房ですが、その他の企画や作業は、屋島にて行われています。

 それでは屋島の見どころを、ちょっと紹介してみましょう。

 今から約820年ほど前の平安時代末期、軍事的に力をつけてきた平氏が貴族に代わり、政治の実権を握るようになりました。栄華を極めた平氏でしたが、次第に反対する勢力も増えてきました。その中心となったのが源氏です。
 平氏と源氏が戦った戦いを「治承・寿永の乱」(じしょう・じゅえいのらん)と言い、西へ逃げる平氏を追って、一ノ谷・屋島・壇ノ浦で合戦が起きたのでした。
 そして下関・壇ノ浦で、平氏は滅亡したのでした。
(そういやその昔、中学校で社会科を教えたことがあります。偉そうにこんな話を黒板に書いたっけ・・・。)


屋島は、那須与一が扇の的を射抜く話が有名。去年はNHKの大河ドラマが「義経」だったせいか、古びた案内看板やノボリが新しくなっていました。

ウチのバアさん家の田んぼの隣には、平家と運命をともにした安徳天皇の行宮跡があります。その昔、ここは皇居だったのです。

義経をかばい、討ち死にした佐藤次信の墓所や那須与一が弓を射った所といわれる逸話に基づいた場所などが、いくつもあります。

 さて、次は屋島に登ってみましょう。山上へは屋島ドライブウエイという有料道路があります(往復430円)。

ゆったりのぼっても、ほんの数分で山上まで行ってしまう道ですが、見晴らしはなかなかのものです。途中ミステリーゾーンなんていうものが有ります(登っているのに下っているように見える道)。

山上には、八十四番札所の屋島寺があります。屋島では狸も信仰の対象になっていて、日本三大狸の一つとして、お祀りされています。

高松市街が見える崖上では、円盤状の「かわらけ」を投げるのがお約束に。源氏が勝利を祝って陣笠を投げたことに由来するとか。

 というわけで、ざっと屋島の見どころを紹介してみました。ふらっとツーリングに立ち寄って屋島の観光をしてもらい、ついでに「こんな所でグローブが企画されているんだ・・・」なんて感じて頂けると、作り手としては、とっても嬉しいものです。


 そして2006年秋、この「屋島」を冠したグローブが・・・。


グローブ作りの話はこちらから




メニューにもどる