2006年4月6日

 そういえば今朝、旅館のチェックアウト時に尾原からFAXが届いていた。漁師町 特牛のジイさまバアさまの家への案内であった。
 特牛?・・・どう考えても “とくぎゅう” としか読めないが、それは “こっとい” と読む。恐るべし長州、よくもこう難解な呼び名にするものだと思うが、東京にも山手線に “御徒町” があり、“おかちまち”と東京者は普通に呼んでいるのだからお相子か。

 萩から西へ、極めて交通量の少ない、日本海の海岸線を軽快に走る。今日は長州の旅最終日にふさわしい、おだやかな日和だ。
 そうそう午前中は萩で時間をとってしまったので、そろそろ昼時、特牛(こっとい)の尾原の親戚の家に伺う前に角島(つのしま)にでも渡って飯でも喰うことにする。





 角島へは、平成12年度に開通した角島大橋(全長1,780mの一般道)で渡る。そしてその姿、この地、特有のエメラルドグリーンの海と合い間って、それはそれは美しく雄大な景観だ。これで青空がバックならば申し分ないのだが、なにぶん、雨男尾原の親戚の家に近づいている。急激に曇り空になってしまうのは仕方のないことだ。
 さて走ってみよう。こういった橋は私の場合飛ばさない。特例として制限速度以下で走るのだ。至福の1,780メートルを。


先に行っちまいやがる。。。



これで無料は得した気分だ。



島内の“しおかぜの里 角島”に並ぶ屋台の看板だが、平日の為か休業中。


島内の牛、黒毛和牛か。



馬鹿(うましか)で牛を追い払う。
それにしても馬鹿グローブの操作性の良さといったら、国宝級か。
・・・角島にて。

しおかぜの里 角島レストランの“うに丼”1,800円也・・・ショボイ!


繋がれていると思われたロープは放たれている。のっしのっしとゼファーに近づきあせるカミさん。

角島をあとにする。なんでそんなハジッコ走ってるんだろうか、のミラーカット。


 角島からほんの数キロで特牛の港に着く。さてさて、尾原のFAXを見てジイさまバアさまの家を探そうか。 しかし、、、
 きったない地図と “国道から10〜20軒めの民家、住所は特牛、番地無し。” ・・・なんちゅう大ざっぱなFAXだろうか、こんなんで分かるものか、四国のジャガイモ雨男め〜!
 港の岸壁沿いの道を、一軒一軒の表札を見ながらゆっくり走っていると、バアさまが近づき、こちらに手招きを。どうやら、2台のチタンマフラーから奏でる美しい排気音で我々に気がついてくれたようだ。
 
特牛の漁港。


バアさまについて家へ。


漁場を見せてやると、山にスタスタと登ってゆく。これで80歳を過ぎているとは。

「わしの船じゃぁ」 ポンと飛び乗り、ロープを引き上げる。

サザエをトンカチで割りだすジイさま。


※地元漁協の漁業権のない者がアワビ・サザエ類を獲るのは密漁として罰せられます。当ったり前ですがね。
・・・特牛にて。


漁師は引退したと言い、現在はアワビ、サザエ獲りがメインのジイさま。

たどり着いた所は特牛灯台。すぐ前の岩場がジイさまの漁場。

東京から客人が来るってんで、今朝、獲ってきたそうだ。「アワビもサザエも好きなだけ持って行きんさい」 と箱に詰める。




 さすが獲り立て、アワビもサザエも活きがいい。そして、
 「せっかく来たんだから、お茶のつまみに食っていかんかねぇ」
 遠慮しているヒマなく、ジイさまはサザエを割り、バアさまはアワビを切りだす。




ワカメのおにぎり、獲りたてのメカブ、そして超新鮮なサザエとアワビの刺身。 塩で揉んで、熱湯をかけただけのアワビを調味料無しでいただく。これがまたシトッとして美味〜い。



 こんな田舎で何もないけど、とお膳に並ぶアワビやサザエ。美味いかって? そりゃあもう、そんな愚問には答えられませんなあ。
 新鮮だからというだけではない。なんといってもジイさまの漁場は、同時に旨いコンブやワカメなどの海藻類が豊富で、それを食って育つ。アワビの肝なんかは、もうハンパじゃない極上の味、美味さ日本海級だ。
 「ここらのアワビは高値で、漁協のセリでも料亭行きが多くなってしもうたわ。わしはアワビよりサザエの方が旨いがのう」
 そう、刺身はジイさまの言うとおり、確かにサザエの方が美味。いままで食ったサザエとは格違いな味だ。これでビールがあったらなあ、、、と、ついついの独り言に、
 「ビール出してやらんかね」のジイさま、
 「ダメだわね!」 バアさまの一喝。

 「ところでお尋ねしますが、なんで特牛(こっとい)って名がついたんですかねえ?」
 バアさまと顔を見合わせて、「さあてなあ、若い頃から住んでいるが、わからんなあ、、、。」
 後日、尾原に聞いたのだが、ジイさまは金沢の出身、なんとバアさまは青森の出身だそうだ。なぜこの地に住み着いたのかは孫にもわからない。人生いろいろ、仕事もいろいろである。

 さて長居をしてしまった。そろそろ帰らないとフェリーに乗り遅れる。豪勢なおみやげをいただいて至福な特牛をあとにする。 
特牛の港を案内してくれる。



お茶のつまみにと調理していただいたアワビとサザエ。



帰りぎわ、「これがお孫さんたちの作ったグローブですよ」に、「あの子らも、お役に立っとるんですか」。・・・そう、ツーリング以外は。でも今回の特牛訪問で信頼回復。


カメラバッグの上に積んだアワビとサザエ。乗ると肩より高く、不安定なGSF。



 萩焼を4個、そして老夫婦の海からの贈りものを目いっぱい積んで、のどかな日本海の海岸沿いを走る。
 今思えば、初日から連日のようにメジャーな観光地ばかり訪れていた。しかし、この旅の最終日の最後には、観光とは無関係な、あたたかな人情で締めくくることができた。


 さて、歴史あり、桜あり、美味いものあり、の長い長い“長州の旅”、いかがだったろうか。

 この地を訪れる前のイメージは、気性の激しい人達が多く住む街並み、と思っていた。長州出身の知人なんかは今でも 「ニッポンは俺たちが作ったんよ!」とぬかしていたくらいだから。
 しかし、まんざらホラ吹きというわけではない。5日間に渡って、歴史を探りながら長州を旅するうちに、あらためて凄い人達が住んでいて、大胆な行動を起こしたんだなあと、感心するばかりである。そして近代のニッポンを作った立役者といっても過言ではないだろう。

 ぜひまた来よう。今度は南九州の薩摩から走って薩長同盟の旅とでもしようか。。。
関門橋を渡り、フェリー埠頭へ。そして我々は飛行機でビュンと短時間で帰宅。




ではまたお会いしましょう。





追伸、
 長州やら薩摩に感心ばかりしていると、会津藩を代表とする徳川幕府側の地域の人達に叱られそうだ。薩長にはコテンパンにやられたんですからねえ。
 近いうちに会津に行こうと思う。早く長州の弱点を教えてあげないとまた、、、って馬鹿か俺は。。。

馬鹿・・・これは“うましか”と読む。



 どうぞご参考に。
おいでませ 山口へ http://www.oidemase.or.jp/
下関観光HP http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kanko/
下関ふく連盟 http://www.fuku.com/
岩国市観光協会 http://www.iwakuni-kanko.jp/
津和野町観光協会 http://www.iwami.or.jp/tsuwanok/
秋吉台・秋芳洞観光協会 http://karusuto.com/index.html
萩市観光協会 http://www.hagishi.com/
オーシャン東九フェリー http://www.otf.jp/

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