第二話 2007年4月8日

 午後3時過ぎ、花曇りの針IC到着。宇陀(うだ)市がこの日の目的地であったけれど、ここ針町は奈良市。奈良市は、もっと遠くにあると思っていたけれど、針町の辺りにも張り出している。複雑な形をしているんだね。
 どうでもいいことに感心しつつ、ICに併設された道の駅「針テラス」を横目に、国道369号と県道28号を走り繋いで室生寺を目指す。
 日曜日だからなのか、それとも何かイベントでもあったのかは知らないけれど、道の駅駐車場には、おびただしい数のバイクとクルマが並んでいて道の混雑を覚悟する。でも少し離れたら交通量はグンと減るし、山間の適度な田舎道が続いていて、ここまで数回しか曲がっていなかった西遊記様ご一行には新鮮に映る適度な快適さ加減。
 そういえば、この周辺には曽爾高原や青山高原といった、ちょっとしたツーリングスポットもあるから、道の駅の皆さんはツーリング帰りなのかも知れないなぁ、なんてことを考えながら地元車両の後ろを走る。想像を絶するのんびりペースである。分かりやすく、三橋さんがイライラしていらっしゃる。ゼファーに装着したモリワキのショート管が、フォンフォンと不穏な音を奏でるものの、軽自動車のおばちゃんが気づくはずもなく、後ろから付いてくる坂上さんのクルマを見捨てるわけにもいかずに、行こか戻ろか迷い橋のご一行様なのである。



のんびりと広い駐車場の奥に、ポツンと停める。出口は遠いけれど、桜舞い散る風景を遠くから眺める歓びのオマケがついてくる。

 そうこうするうちに室生寺到着。未だ明るい時間だし、渋〜いお寺で渋〜いジャケットの撮影をしようじゃないかという算段だ。手前にある山の上の駐車場に入ってみると、歩くとちょっと距離があるから、この下の駐車場に停めなさい、と親切なお言葉。
 朝、東京を出発してから、まだちょっとしか曲がっていないので、唐突に聞く関西弁がやっとこさ走ってきた距離感を実感させてくれる。はぁ、遠くに来たんやねぇ……。
 教えていただいた駐車場には入らずに、もっと近い駐車場を発見。奥に咲いている桜に導かれるようにバイクとクルマを入れる。もう夕方近いのでガラガラである。
 桜の下に2台のバイクを並べてみるものの、すでに散り始めの桜と花曇りの空のおかげか、いまひとつぱっとしない。移動している時に遠くから見ると綺麗に見える桜も、じっと眺めてみると案外寂しいものであった。美人と一緒だな。自転車に乗っているときの方が、歩いているときより美人遭遇立が圧倒的に高いものなぁ。

 さて、室生寺である。ここで室生寺の魅力をじっくりと語り始めると退屈になってしまう方も多いだろうから、さわりだけチロっと紹介しよう。創建されたのは奈良時代末期で、平安初期から鎌倉時代までに建築されたお堂が室生山の斜面にお堂が点在する山岳寺院。それぞれが重要文化財や国宝などに指定されている。さらに、お堂のなかにも国宝が並ぶ。これで拝観料500はとてもお安い!! と宣言できる。また国宝とされている五重塔は、平成10年の台風で、杉の巨木が倒れかかりひさしがドドドッと破壊されたことも記憶に新しい。現在は修復完了済みだ。屋外に建つ五重塔では最小のものである。
 ちなみに、三橋さんは三度の飯より五重塔というくらいの塔好きである。石野は1時間も並んで仏像展を見に行くほどの仏像好きである。坂上さんは……なにが好きなのだろう。
室生寺太鼓橋。三橋さんに「よっ日本一」とタイコを叩きまくって、ここまで付いて来た甲斐があったよ。


苔(こけ)むした室生寺表門の前に、靴磨きの少年が……と思いきや、ダンディーなおっさんじゃないですか。



 今でこそ、東京からバイクで6時間もあれば到着してしまう身近な(?)室生寺であるが、かつては、山深い寺として真言密教の修行のばとして親しまれ、女人にも開かれていたことで「女人高野」とも呼ばれている。女人高野とはワクワクする響きだが、夕暮れ間近の境内に人影は少ない。それはそれで、物寂しいのだが、写真撮影にはうってつけでもある。
 ここでは、主に石野が着用する馬ジャンを撮影。主役は馬ジャンだが、周囲の風景はその演出のために大切な存在。そして、馬面のモデル。こんな時に、人が多いと恥ずかしいのだ。どう見ても、記念撮影風に見えない撮影をしていると、通りがかりのおばちゃんなどが「アラっ何。有名人なのぉ?」と、こちらの顔をしげしげと眺めたあとに「チッ」といって不満げな顔で通り過ぎていく。本当は仏像をじっくりと見ていたいんだよぉ、スミマセンねぇおっさんで……と心で嘆きつつ、スカした顔をしていなくてはならないのである。
 とまぁ、馬ジャンならではの光沢のある濃い茶色と、寂びた寺院の壁が絶妙なコントラストをかもしだす素敵な写真の撮影は無事終了し、再生した五重塔の鮮やかさと鹿ジャンの優しい風合いがコラボレートされた見事な写真の撮影もしたので、しばしフラフラしてみる。おおっ、坂上さんが苔(こけ)の写真を撮っていらっしゃる。そうかぁ、苔が好きだったのかぁ。三橋さんまで苔を撮り始めたぞ。結局、カメラ好きツアーご一行様みたいだな。
修復完了した五重塔。見惚れるおやぢと馬鹿一人。


コケティッシュな苔撮る人々。通りすがりのおばちゃんが、怪訝な目で見ていた。

室生寺の苔

古い寺院の使い込まれた廊下のような、しっとりとした趣が馬革の魅力。(左)
華美でもなく、枯れ果てているのでもない、ワビとサビの上質な質感が鹿革の真骨頂。(右)



 本日は、もうひとつの目的があるので、室生寺を早々にというか、時間切れで出発することに。室生寺には参道の入口に真っ赤な太鼓橋という橋が架かっているのだけれど、夕方以降は警報機が鳴るから渡らないでね、と書いてある。馬鹿正直なオヤジ3人は遠回りして下流の橋を渡ったが、他の観光客の皆さんは何の躊躇もなく渡っている。お前らは一休さんかよ、と遠くから突っ込みつつ、参道脇にある握り立ての草餅をいただいて、自分をなだめてみる。せっかく近くに停めたつもりの駐車場が遠くになってしまった。親切は無にしないものだね。
室生寺参道で名物の草もちを購入。小粒な大きさと香ばしさ、そして適度な甘さが、少々お疲れ気味のおやぢ達には嬉しい限り。


 ちょっと暗くなりかけの室生寺を出発して目指すは、宇陀市大宇陀区にある又兵衛桜である。樹齢300年ともいわれるシダレザクラで、樹高は13m、幹周りは3m超すらしい。奈良の桜ツアーも今回の楽しみのひとつであるから、これは見逃せない。桜の季節はライトアップされており、昼間は見物客も多いだろうからと暗がりを狙ったわけであるが、あいやぁ〜驚いたっぺ。桜に近づくと交通整理は出ているし、遙か彼方から駐車場があるし、木の周辺にはどっちゃりと人がいるし、テントが設置されて、おでんや焼き鳥を売っているしで、大にぎわい。それなのに、嗚呼それなのに……桜はすでに散り始めており、少し寂しい花模様。
 ところが、である。ライトアップされていない淋しげな又兵衛桜であったが、いざ光が当てられると、妙に艶っぽくなりだしやがった。僅かな花も、暗闇で光を当てられると反射して白い部分が膨張して見える。おおっ、見事な咲き具合じゃ。あっぱれ!! やっぱり、美人と一緒だな。昼よりも夜の方が美人遭遇立が高いと思っていたんだが、又兵衛桜で確信したよ。と、のんきな桜見物に思えるだろうが、そうではないのであった。
 こののんきなおっさんは、大衆が又兵衛桜に心を奪われている10mくらい横で、脚立の上に立たされてポーズを取っているのである。完全な晒し者である。通りすがりの老若男女が「アラっ何。有名人なのぉ?」「チッ」と離れていく。ごめんね、又兵衛桜。君には圧倒的に負け負けだよ……。
「おう、おう。猫背になるんじゃねえぜ。背中の桜吹雪、いや、桜吹雪にも似たペアスロープのロゴがみえねぇじゃねえか、べらぼうめぃ」
 自らストロボを持って撮影補佐をしていらっしゃる三橋さんの声が聞こえる。
 へぃぃっと背筋をしゃんとする大勢の桜見物に晒される初春の日暮れである。
畑のなかにポツンと佇む又兵衛桜は、遊歩道も完備された観光名所。その名の由来の又兵衛さんも喜んでいるのか、ぐったりなのか……。


満開に遅れること数日。ちょい散り始めている又兵衛桜は、素で見るとちょい寂しい。けれど、桜が妖艶につぶやいた。「女は化けるのよ」


ライトアップ開始。おおっ、化けはじめてきたぞぉ。夕暮れから闇夜の桜へと変身するちょっと素敵なショータイムなのであった。
暗闇に浮かび上がる薄紅色の桜。しだれ桜なので、少々おどろおどろしいけれど、美しい。夜桜見物は心が震える。寒いので身体も震える。


・・・まだ初日。先は長いのである。
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