後編 最終話 2007年4月11日 |
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だだっ広い大広間にはちらほらと人間ドッグみたいな衣装を着たおばちゃんがゆっくりと動き、奥にステージの上ではプロジェクターに映し出されたニュースが流れている。なんとも、けだるいモヤ〜ンとした朝である。 一般的に宿の朝は、なんとなくシャキっとした空気が漂うものだが、ここにあるのは妙に仕事の終わり間近のような雰囲気。それもそのはずで、前夜の宿泊は健康ランドに併設されたホテルだったのだ。24時間営業なので朝食が終わって、宿泊客が帰れば一段落、という雰囲気が漂っていても不思議ではない。なんとも、最終日の朝に相応しいではないか。 前夜のチェックインでも、健康ランド利用客と一緒の入り口で、まわりはみんな身軽な出で立ちなのに、なぜかオヤヂ3人は大荷物。健康ランドって、何となく日曜日のサービスエリアみたいな雰囲気が漂っていて、あまり好きではないのだが、宿泊施設としては変わり種で楽しくもある。天然温泉だったので、とりあえず午前4時くらいに、いろんな種類の浴槽すべてに入ってみたのも良い思い出だ。 なぜ、そんな時間に入浴したのかというと、前夜に到着後、夕飯を食べてビールを飲んでから、石野はひと仕事していたんだね。学研から「信州ツーリングガイド」という素晴らしい本が出ているからぜひ書店で手にとって欲しい。健康ランドですぐに温泉にも入らずに校正した情熱の1冊である……。 |
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東大寺に到着するとさっそく駐車場を探す。まだ早い時間なので、周辺駐車場でも十分に空きがある。しかし、入れないのだ。どこの公営駐車場でもバイクは駐車できないという。なんたるいぢわる。なんたる格差社会。クルマと一緒にウロウロしても機動性が悪いから、坂上さんだけでもということで、公会堂の地下駐車場へ。荷物を取りに行こうと歩道に停めたバイクを停めると、駐車場のおじさんが「そこは、すぐに捕まるよぉ」とナイスアドバイス(きっとあんたが通報するのだろう)。怒りのやり場がないす。 聞けば、ちょっと遠い場所の駐車場なら停められるというが、なにゆえでござるかぁ、なにゆえ、我らの西遊記を邪魔するのでござるかぁ……。奈良市サイアクだぁ。吉野山ではあれほどバンザーイしたのに。ぷるぷると怒りに震えつつ、調査と称して県庁へ行く。坂上さんは置いてきぼり。 県庁の駐輪場(許可必要)にバイクを停めて、観光課で事情をお伺いする。駐車料金の徴収を全自動にした際に、それまであったバイクの区分がなくなってしまったという。1台につき1000円を徴収するわけにもいかず、散々考えたけれど、良いアイデアがなかったらしい。現在、バイクで利用可能なのは高畑観光駐車場(1日300円)のみで、東大寺までは少し遠い。(県庁近くの興福寺も止められるそうだ?) 良いアイデアを提案しよう。クルマ1台分とか空いているデッドスペースをバイク用にして無料にしちゃえばいいじゃん。無人の露天風呂とか野菜の無人販売所みたいに施設協力費の箱だけ置いてさ。駐車台数は限られても、無料なら仕方がないかと思えるし、料金徴収システムを変更する必要もない。 17世紀の英国では、フタを自由に開閉して商品を取り出し、お金を入れる自動販売機があった。この販売機は『正直箱』と呼ばれていたけれど、人がいなくても正直者はお金を払うのである。一切の責任問題は「バイク乗りの皆さんに任せます」と一筆記して、お互いを信用しようじゃないか。 そうそう、県庁周辺のなんとなく空いたスペースに観光用二輪車専用駐輪スペースを作って無料で開放し、管理費の箱だけを置いておくのはどうだろうか。自由の象徴的なバイクだが、その一方で日本の古き良き村社会的な閉鎖性も持っているバイク乗りだ。だからこそ、みんなが正直に料金を入れるに違いない。素晴らしい伝統と文化を誇る奈良県なら、きっとできるはずだ。 |
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宇陀でもないのにウダウダ言い過ぎたので、旅に戻ろう。我らの終着点は目の前である。東大寺南大門の前で坂上さんと合流し、大仏殿へと向かう。沿道の土産物屋では、帽子やぬいぐるみなど鹿のファンシーグッズに始まり、なんと新撰組関連の商品も目に入る。なんでもありだな……。 ここで、鹿ジャンを着た三橋さんと鹿のツーショットを納めるという、かなり罰当たりな行為を開始する。藤岡勇吉本店でもお伺いしたのだが、奈良公園の鹿と宇陀市の毛皮革産業とはいっさい関係がない。そもそも、この公園の鹿は春日大社の神使であり、神の意志を人間に伝える存在である。茨城県の鹿島神宮から迎えられた武甕槌命(タケミカヅチのミコト)が、白鹿に乗ってやってきたことに由来する。そういえば、Jリーグの鹿島アントラーズは「鹿の枝角たち」という意味で、マスコットキャラクターは鹿である。 その鹿が、たまたま南大門の周辺にも来ていらっしゃるだけなのだ。なのに下衆な我々は奈良+鹿革と聞くと、もうここしか思い浮かばない。何とか関連づけたいという情けなさ。罰当たり3人の西遊記ご一行の行く末はどうなるのか? |
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ちょいワルオヤヂというよりも、明らかに怪しいオヤヂだが、以外にも鹿は苦手なご様子で、2歩、3歩と後ずさりしていらっしゃる。 |
南大門の金剛力士像の間を、申し訳ございません、不埒な輩で……と言いながらくぐり抜ければ、その先は夢にまで見た大仏殿である。中門の前では女子高生が鹿と記念撮影をしており、その横では白人のおばちゃんは鹿に突かれて「Get out!」と怒っているし、三橋さんはジャケットのなかに鯉用の“ふ”を忍ばせ、鹿をおびき寄せている。 そんな人間界にあっても大仏殿はあくまでも荘厳であった。火災などにより、現在の建物は江戸時代に再興されたものであるが、それでも世界最大の木造建築である。高層建築や巨大な建造物を見慣れている現代人でさえも、その偉大な建築には唖然とするのだから、その昔の人々には、もっと偉大に見えたことだろう。そのわりに、争乱で焼失させたりしているんだけどね。 大仏殿のなかには中央に盧舎那大仏、そこから時計回りに虚空蔵菩薩像、広目天像、多聞天像、如意輪観音菩薩像と観覧できる。仏像好きの石野にとっては1日居ても飽きない場所である。しかし、そうもいかない団体行動なので、他の入場者ともに、時計回りに回るわけですな。そこで、大きなミスを犯してしまった。まず、中央に大仏様がいらっしゃるので、ここでお賽銭を入れる。ポケットには小銭が数枚。で、順々に回っていき、同様にお賽銭を入れていくと、最後の如意輪観音菩薩像の前で100円玉しかないことに気が付いた。別に100円でもいいんだ。でもね、中央の大仏様には50円だったのに、ここで100円ってのはどうなのよ、ということである。だからって、お賽銭のお釣りをもらうわけにもいかない。何だか、心にわだかまりを残しつつ100円だ。大仏様が見逃してくれれば良いのだが……。 |
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今回のタイトルは「おとこ奈良」である。これまでも大抵が男ばっかりのツーリングじゃなかったのか、「男伊豆」とか「男信州」はなぜなかったんだ……という細かい突っ込みを考える方もいらっしゃるだろう。そう、このタイトルには、この日を境に「おとこ奈良」が「おんな奈良」へとストーリー変更がなされる予定であったという事情を多分に含まれていたのである。その「女奈良」の主役たる三橋さんの奥さんが、今日、体調不良(ギックリ腰)で奈良まで来ることができなくなってしまった。不良な隊長はこちらにいるが、奥方は体調不良……。直接は関係ないけれど、ペアスロープ店舗スタッフの池田君も、我々が吉野の桜巡りをしていた昨日、バイクで転け骨折という情報も同時に入手。三橋さんあやうし!! 西遊記なんつって、ここまで引っ張ってきたのも、いわゆる堺正章バージョンの西遊記だったら三蔵法師様は夏目雅子だったから、っていうこじつけもあったのだ。馬と鹿と申年の猿という、強引なこじつけ道中が根底から覆ってしまう。 「どーすっかなぁー」という困惑と、「どーなんのかなぁー」という困惑が入り交じった奈良。ならば、とりあず昼飯だぁと歩く3人の横をノンキな顔して1台のバイクが通り過ぎていく。おおっ、あれは……猪八戒さんではないですか。 |
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