石野ライターと坂上カメラマンのプロコンビは、無情にも大和の国を去ることに。 したがってここからは、シロートの文章と写真で奈良の旅をお届けしよう。 とまあ、いつもどおりと言えば、それまでなんですがね。。。 |
文・写真:三橋 2007年4月11〜12日 3ページ |
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そんな事情も知らずにノーテンキな顔して四国からグローブ担当:尾原がやって来た。坂上カメラマンが帰ってしまうので、私のカメラワークのアシスタントとして何か役に立つのではなかろうかと呼んだのである。が、肝心の被写体であるカミさんが来ない。そして本来カミさんが乗る予定のゼファーは石野が東京に戻すしかなく、W650の1台の積載量には限界があり、一対のカメラ・レンズを残して撮影機材全てと革ジャン全部を坂上クローゼットカーの中に。 嗚呼、俺もいっしょに東京に帰りたくなった(予定の「おんな奈良」であれば“俺”ではなく“私”と書くが、もう体裁は捨てました)。歩道の縁石にすわり込んで呆然と缶コーヒーを飲んでいると、 「ほんまにいい天気やなあ〜、ツーリング日和や〜、さてどこに行きましょか?」 四国から今着いたばかりの、ニコニコの尾原に、ほなサイナラ、とは言えなかった。しょうがない、1泊だけでも付き合ってあげるか。。。 ということで、急遽タイトル変更の“それからの おとこ奈良” 仕方なく始めましょう。 |
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後編はプロカメラマンに負けない写真を撮って、坂上修造をギャフンと言わせたかった。文章だって、少々ボキャブラリーや知識に欠けるが、気合いとハートで勝負できるともくろんでいた。負けたところで「あんたらプロでしょ」で済むから気が楽だ。 ところが、、、被写体がいない、革ジャンがない、カメラ機材がない、、、讃岐ウドンにやたら詳しい尾原だけがヒョコリといるが。 これじゃあ土俵に上がる前に勝負あり。欠場して彼らに不戦勝を差し上げたいが、それでは「おとこ奈良」のタイトルにそむくことになる。男なら、やるだけのことはやってやろうじゃないか。プロがなんぼのもんじゃい!(と、気合いだけはプロ級、いや国宝級である) 奈良公園近くの猿沢池でプロ2人と別れ、シロート2台は薬師寺へと向かった。そういえば30年以上前に中学も高校も修学旅行で奈良に来ている。東大寺も奈良公園も薬師寺も卒業写真から来ていることは分かるが、まったく憶えていない。記憶にあることといったら、旅館で生意気なアイツがフクロになったとか、誰かがカツアゲされた、ケンカした等々、そんな他愛も無いことばかり。寺社仏閣などまったく興味がなかった学生時代である。 |
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薬師寺の駐車場に着いたのは午後4時を回っていた。バイクは係員のおじさんの誘導で受付小屋の隣りに止めなさいとおっしゃる。ここなら荷物つけっぱでも安心だ。しかも100円の駐車料金で。・・・おいっ、奈良公園の県庁、市役所、民間の面々! 薬師寺さんを見習いなさいってんだ。(昨日、飛鳥の石舞台駐車場では、係員のおじさんが石野と俺のバイクを手招きし、「ここバイクはタダだからネ」と誘導しなさった) どうやらバイクを寄せ付けないのは、奈良公園のピンポイントだけのようだ。よほどバイク乗りに大仏様と鹿を見せたくないらしい。 そんなことで気分良く薬師寺の境内に入ると、美しい三重の塔がより美しく見える。見ようによっては六重の塔にも思えるが三重の塔。そして二塔同時に拝めるところが、これまた美しい。・・・革ジャンを着た被写体がまったく写っていないのが遺憾ではあるが。 |
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さてここで、なぜ俺が“塔”で、前編石野が“仏像”好きなのか、読者のみなさんは疑問に思っていることだろう。それを明かしてしまえば簡単なこと、俺は申(さる)年だから高いところが好きで、午(うま)年の馬石野は高いところに登れないので、仕方がないから下から仏像を見上げるしかない。ただそれだけ。 おっ、そういやぁ尾原も申(さる)年ではあったが、彼は塔などに興味がなく、もっとも人間らしい、男らしい○好きだ。あっという間の短期間で3人のお子さんを授かった。偉いぞ尾原、少子化問題、問題なし。・・・ちゃかしたつもりが俺も3人の子持ちである。。。 |
「なんか変な人たちよっ」 と言いながら女子高生が通り過ぎる。そりゃそうだろう、オッサンがオッサンを撮ってるなんて、アリエネェ〜! |
大和の国に讃岐の男、、、どうにもシャッターに気合いが入らんのですわ。せめて革ジャンなら。 | |
やはり、自分で自分を写す努力が必要か、、、。 | |
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