文・写真 三橋 ’03年3月 全3ページ |
’03年1月下旬、弊社にとって暇な平日のとある日に、ヒョコリと店に入ってきた体のデカイ筋肉マン。視線を感じ(ガンつけてるとも言う)、なんかやな予感。ここはいっぱつ気合いを入れて、その男に目をやると、「俺、覚えてっすか?」、「うわぁ〜、久しぶりじゃないすかぁ。8年ぶりかなあ、、、」よ、よかった。ケンカに来たのではない。もっとも戦ったところでお話にならない。彼は現役プロレスラーなのだから。。。 「また革ジャン作ってほしいっすけど・・・シンプルで強そうなやつ。」 今から9年ほど前にリング登場用の革ジャンを2着作っている。その時の2着目があまりにも手間のかかったものだったから、今回はグッとシンプルにしたいと言う。但し、目いっぱい強そうなもの、そして3月1日に久々のリングに上がるので、納期厳守。 まっ、断ったら丸太ん棒のような腕でラリアットが飛んできそうだし(ウソ)、シンプルでと言うのなら、そう時間もかからないだろうから快く引き受けた。彼の人柄にもひかれて。 |
ストロングスタイルのプロレスをこよなく愛するその男の名は、 ・ ・ ・ |
佐々木健介選手 [ このページはご本人の承諾を得て発信しております ] |
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さて数日経ち、リングコスチュームのデザイナーEさんを連れて再度来店、家族同伴で。 健さんには小学1年の息子さんがいる。その彼がキカンボーってな感じで、オヤジ(健さん)をドツイてる。すかさず身ごもっている奥さんが 「友達にも、パパにだってそんなことしたら許さないヨ!」 って叱る。・・・しかし、である。息子はオヤジの背中を見て育つ、オヤジは人を蹴ったりタタいたり、いじめたりしてメシを喰ってる商売(プロレスラーだからね)、その奥さんも過激な元女子プロレスラー(北斗晶)であったではないか。なぁ〜んか説得力ねえなぁ、って一瞬思うのだが、、、 でも日常でしっかりと息子の教育をしている奥さん、あなたに感心しました。 「デザイナーさん、では健さんの革ジャンデザインを拝見しましょう。」 と、Eさんがパソコンで描いてきたデザインを見ると・・・・・目が点。。。 |
・ ・ ・ な、なんじゃこりゃぁ !!! |
ぜんぜんシンプルじゃない !!! |
ロボコップ?!!、背中の爆発はいったい何?!! | 背中の爆発拡大図。え〜?!!! |
「健さん! こないだの話とちがうじゃないっすかぁ。これのどこがシンプルっすかぁ?」 Eさんの説明では、ブラックとシルバーの革を立体的に縫い合わせ、強そうなロボットのイメージ。20代半ばのEさんとしては、ターボレンジャー、ゴレンジャー、キカイダー、マクロス、ガンダム(当然再放送)あたりを意識か?。そして背中は火山からマグマの噴出! 革のことをあまり知らないEさんは、弊社在庫にない好き勝手な色を選んでくるし、しかも飛び散った溶岩は実寸に拡大しても米粒くらいの大きさ。これを革でどうやって縫えっちゅうのか。 頭をかきながら健さん 「いやぁねぇ、自分はシンプルでいこうと思ってたんすけどね、カミさんとEさんに相談したら、こんなになっちゃってねぇ。でも強そうっすよぉ。」・・・ これはお断りするしかないと本気で思った。革を染める時間、縫い上げる時間も少なく、ものすご〜くお金がかかるんだよ、という理由で、よし俺の腹は決まった。断る勇気も必要だ。 しかし、現役プロレスラーと元女子プロレスラーの真剣なまなざし(ガンつけてるとも言う)を前に出てきた言葉は、 「ど、努力してみませう!」・・・ |
[1994年の秋に作った2作目のこと] この革ジャンもかな〜り手間のかかった記憶がある。当時は「佐々木健介」というプロレスラーの名は知らなかった(知っていたのは、馬場、猪木はもちろん、ボボ ブラジル、吉村道明、ラッシャー木村、サンダー杉山、ジャンボ鶴田、長州力、そしてタイガーマスク・・・ )。 革ジャンの仕上がり後、健さんからゆずってもらった後楽園ホールの試合を初めて見に行く。席を探すとリングサイド最前列、そしてメインを飾った健さんのド迫力の戦い、家族全員言葉にならず、ポカーンと観戦。 |
この当時から、いつもニコニコ、気さくな健さんである。 |
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これもまた、革で縫い上げることを考えず、デザイナーが好き勝手に描いてきた背中の「不動明王」のイラスト。なんと11色。 |
背中イラストだけでも、約80時間ほどかかったと思う。 |
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出来上がったすんごい革ジャンを着たまま、ゴールドウイングトライク(三輪)でブ〜ンと帰っていった。ノーヘル、しかもソリの入ったひたいで。 ・・・だれも近づけないだろう。 |
さて、試合のゴングが鳴りまして・・・ |
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