オホーツクへ 〜3日目〜

 寒い。持参した目覚まし時計で6時半に起床。洗面を済ませてから、まるで夜逃げのようにそっとペンションを出る。
 早朝に出発することをオーナーに告げていたので、戸締まりがしていないどころか、出入り口の二重ドアが半開だった。多分同じ2階の奥で寝ていると思われるオーナーの家族を物音で起こしてしまっては悪いと思うものの、見送りぐらいあっても良いのになぁとも思う。ま、こういうペンションだ。こっちも気兼ねをしなくてすむので助かる。バイバイ、また来るね(多分)。
 外に出るとバイクに付けている温度計は12℃だ。やっぱり冬用のジャケットにすればよかった。東京で夏の体になりかけているのだから寒さがこたえるのはなおさらだ。バッキングをしてそそくさと走り出した。
 JR利別駅で記念写真を一枚。登校する中学生が駅に集まって来ている。セーラー服のスカートが寒々しかったが、そういえばこっちの子供たちは半袖に半ズボンで元気に走り回っていた。彼らにとってはこの程度の気温でも充分に夏の始まりなのだろう。なんとも逞しいものだ。


 まずは足寄に向かって国道242号をしばらく北上する。今日になって地図を見ながらの走行に距離感覚がまったくズレていることに気が付く。随分と走った気がするのだが、地図で確認するとそうでもない。北海道版のTMは縮尺が違うせいもあるが、ひたすら真っ直ぐな道を走ることにまだ慣れていないせいでもある。
 曇り空から小雨が降ってきた。夏用のジャケットは耐水性にも撥水性にも弱い。なにしろ多彩なベンチレーション機能を売りにしている仕様だ。防寒にもなるので直ぐにレインウェアを着た。松山千春で有名になった足寄の町を、当然のように松山千春の唄をくちずさみながら通り抜け、本日一本目のダートを目指す。ホクレンGSで給油をして緑色のフラッグとスタンプ帳をゲットする。このフラッグを荷物にくくり付けて誇らしげに?たなびかせる。これで北海道ツアラー仕様のできあがりである。
 小雨の中、オントネーの林道(TM 41頁4-G)に突入する。湿地帯特有のワランブキという直径1mぐらいあるトトロの傘にもなりそうな(幼稚な形容である)大きな葉の植物が群生する緑の中を突き進む。快感である。オフ車とすれ違った。(後にも先にも林道でバイクと出会ったのはこの一回きりだった)時々綺麗なキャンプ場を見かけたが人はいなかった。林道の途中に温泉小屋があり、GSX-1100が停まっていた。こんなところまでよく来たもんだ。あっぱれである。


 林道を抜け、時々強くなる雨の中を阿寒湖方面へと走り続ける。非力なセロー号に乗っているせいか、雨はほとんど苦にならないが、寒さは堪える。缶コーヒーでも飲んで暖まりたいところだが、トイレが近くなるので我慢することにした。屈斜路湖に近づくとバイクの数が増えてくる。みんな寒そうだが、やはり道東を目指すライダーは多いようだ。すれ違う時のピースサインが嬉しい。この寒さの中、もの好き同士で照れ笑いといったところか…。
 北海道に来てからコルト(三菱の小型自動車)を頻繁に見かける。1日に50台は見かけると言っても大袈裟ではない。ヴィッツやフィットの10倍ぐらい走っていている。少し気味が悪い。三菱自動車の4WD性能が北の大地で高く評価されているからだろうか?
 屈斜路湖はパスして裏摩周湖と神の子池を目指して、243号線から『虹別林道』(14.5km TM 42頁2-H)に入る。ここは何本もの直線が続く林道で大きなアップダウンが続き見事な景観だ。こんな林道は北海道に来ないとお目にかかれないであろう。走ることに夢中になって感動的な風景の写真を撮り損ねたことが悔やまれる。




 林道が150号線を跨いでいて、そこで一旦ダートから出て裏摩周湖展望台と神の子池に立ち寄る。運の良いことに、バイクをおりて名所を歩いてまわるところだけは雨が上がっている。裏摩周湖展望台でヘルメットを脱いで一服。うん、見事な“霧の摩周湖”だ。



ほとんど何も見えんではないか。晴れていれば湖面が見渡せるのであろう。時々、真っ白な霧の中から対岸の山陰が見える。その幻想的な風景は、これはこれで良しと思えた。続いて訪れた神の子池は雑誌の写真で見たとおりに見事に青い(こっちの“碧”だ)池の底から水がわき出ている。ガラスのような湖面(じゃなかった池だ)も美しい。雨が降っていなくて本当に幸いだ。平日だからであろう、摩周湖の展望台も神の小池も観光客が少なく静かで気持ちが良い。



神の子池

 『虹別林道』に戻り、次にお約束の開陽台を目指す。お約束と書いたものの10回目の北海道にして初めての開陽台である。さすがにメジャーな観光地だけあって、近づくにつれ案内板がそこかしこに現れ、着いてみると観光バスが数台停まっていた。バイクも20台ぐらい停めてある。地平線が330°見渡せる展望台は壮観である。地平線をじっと眺めていると目眩がしてくる。雨が降っていないのが幸いではあるが、快晴ならもっと凄い景色であろう。ここはまたいつか来ようと思う。


 午後2時になり腹が減ってきた。しかし、今夜はサロマ湖畔の民宿「船長の家」で噂のカニづくし料理対決なので腹を減らしておいた方が良い。予定では街道沿いの出店?で“ゆできび”でも食べて空腹をしのごうと思っていたのだが、まだ季節が早いせいか出店が見あたらない。
 時間も時間なので展望台の食堂で実に“普通”の醤油ラーメンを食す。サービスでつけてくれた芋饅頭が旨かった。開陽台を出るとこれまた有名な北19号線に出る。果てしなくどこまでも続く直線道路をバックに記念写真。



(クリックすると超巨大画像)

 走っていると何度か道路工事による一時停止に遭遇する。ほとんどの場合、停止位置の数十メートル手前で“徐行!”と書かれた縦横1メートルぐらいの黄色い布を上下にパタパタと開いたり閉じたりしているおじさん(もしくはお兄さんかお姉さん)が立っている。この先が工事中であることをドライバーに気づかせるためなのだろう。一般道のクルマの流れがびっくりするほど速く、交通事故の件数が全国でワースト3に入る北海道ならではの苦肉の策なのだろう。確かにかなりの効果がある。そのパタパタおじさんの前を通り過ぎる時、おじさんたちはビービー!と必ず笛を吹いて下さる。「減速するだー」という意味なのだろうけど、笛なんか吹かれてしまうと気弱な私はお巡りさんか学校の先生にでも注意された気がして少しビクッとしてしまう。笛を吹いて下さらなくてもいいように、おじさんの手前で極端に減速してもビー!とお吹きになられる。今度は「ご協力ありがとうございます」の笛だろうか?それじゃあってことで今度はこっちから先におじさんにペコリと会釈をすることにしてみたが、それでもビービー!は止まらない。まぁ、いいか。


オホーツク

 サロマ湖畔の民宿「船長の家」は17時半までにチェックインしなくてはならない。噂のカニづくし料理と対決するためにも遅れは許されない。しかたがない、この先の林道はパスしてオホーツク海を目指して北上することにする。昨日と同じように焦り出す。やはり225ccに北海道は広い!ひたすら直線、時々直角に曲がるを繰り返してオホーツク海に出た。う〜ん、よくぞここまでと思う。 見覚えのある網走の町を通り抜け、途中、オホーツク海に面したJR北見駅で小休止。無人のホームの目の前にオホーツク海が広がる。



 17時半丁度に「船長の家」に到着した。民宿とは呼ぶには気がひけるほど立派な建物だ。駐車場も広い。すでに十数台のバイクが到着していた。クルマも多い。平日にも関わらず満室になる人気のほどがうかがえる。入口を入るとホテルのフロントのような受付がありチェックインをする。船長の娘さんだろうか、部屋への行き方を丁寧に教えてくれる。なるほど、これは分かりにくい。どうやら増築に増築を重ねているらしい。噂が噂を呼び、連日満室の大盛況のようだ。数日前に東京の自宅に届いた手作りの案内状しかり、北の最果ての地で懸命に且つしたたかに商売を続けていることが分かる。
 部屋に入ると、2名分の明らかにライダーのものと分かる荷物が置いてあるが人はいない。昨年掘り当てたという温泉に入りにいっているのだろう。温泉まで掘り当ててしまうとは、船長恐るべし!である。近い将来、ここいらを一大レジャーランドにしてしまいそうな船長の勢いは止まることを知らないようだ。確かにそのぐらいの勢いと情熱を常に持ち続けていなければ、油断した隙に凍りついてしまいそうなところであろう。夕食は18時40分からとのこと。なぜか半端な時間だが、今年から変更したらしく色々と計算づくのようだ。さっそく温泉に入りに行った。増築された建物をまるで迷路のように歩いて行くと風呂場にたどり着く。風呂は20人が同時に入れるぐらいの広さがあり、新しくて清潔だ。とても民宿の風呂場ではない。湯船につかるなり誰からともなくツーリング談義が始まる。改まって自己紹介をするでもなく、どこそこが通行止めだとか、道南方面は天気が安定しているだとか、バイクの話とかで盛り上がる。この時点で少し気にしていた相部屋というシステムへの不安が簡単に消え去った。旅先でのこんなふれ合いも実に楽しいではないか。部屋に戻ると同室はCB1000SFとV−MAXの2名で共に30才前後のライダーだった。一緒に食堂に行き、十数名のライダーたちと席に着く。テーブルの上にはカニ、かに、蟹・・・。



カニづくし

 増築により食堂はふたつある。ライダーは旧館の食堂に集められているようだ。騒ぐから一般客から隔離されているのだろうか?確かに昼間はほとんどひとりで行動しているライダーが十数名も集まったらそれなりに騒ぐ。ただし、毛ガニとの格闘が始まると誰もが寡黙になる。
 ここの料理は質/量共に「さぁ、かかってきなさい!」状態であるが、この料理がついて一泊5,980円ポッキリは凄いと思う。キャンパーたちもこの地ではこの民宿に必ず立ち寄るというのも頷ける。中生ジョッキ2杯と日本酒(ワンカップの“男山”)で私はあっと言う間に夢心地に。ふわふわと気持ちが良いこと。。。 さらに料理が続く。焼き牡蠣やその他2皿の追撃があったと思う。船長の娘さん(ということにしておこう)が料理を運んで来る度に一瞬の絶句、そしてついには誰ともなく「もう勘弁してくれー」というこの食堂で毎晩のように発せられているであろう悲鳴をあげることに。。。
 ライダーは25才から50才ぐらいの人までいて、みんな雄弁だった。何を話したのか、何に大笑いしたのかはほとんど覚えていないが、ふわふわしながらサロマ湖の夜はふけていった。


<今日の走行距離:405km>



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