2006年5月18日

 先月に行った山口県・長州も昔は戦い多き藩であったが、負けず劣らず薩摩も、これまた数々の問題を起こしている。運良く雨が止んだすきに、晴れていれば桜島を眺められる鹿児島湾(錦江湾)を前にし、昔、学校で習った“生麦事件”を思い出す。

雲に隠れてまったく見えない桜島

 江戸時代末期の1862年、薩摩藩が江戸から帰国途中、生麦(横浜市鶴見区)で馬に乗ったイギリス商人がその大名行列の前を横切る。無礼者!と、当時の “斬り捨てご免” で一人をブッタ斬って殺してしまった。
 それに怒ったイギリスは賠償金を要求するが、薩摩藩は「払わんでごわす」とシカト。しかたなく江戸幕府が10万ポンド(25万両・・・現在の円に換算すると?恐ろしく高い!)を立て替える。
 しかし腹の虫が治まらぬイギリスは、翌年、薩摩を軍艦で攻め込む(薩英戦争)。それを待ち構え、砲台80門をぶっ放し先制攻撃を開始した薩摩軍だが、射程距離に勝るイギリス艦隊に無残にも大負け。それでも気がすまないのか、桜島にも砲撃を加え(バッカじゃねえの)、帰っていったと。

 しかし薩英戦争後の薩摩藩とイギリスはどういうわけか仲良くなる。そしてその頃、そもそも犬猿の関係であった長州と薩摩は、坂本龍馬の仲介によって薩長同盟を組む。薩摩藩は仲良しになったイギリスから、最新の武器を購入し、長州に渡す。こうして最強の薩長は、東に軍隊を進め、江戸幕府を倒し近代日本を作ることになる。 ・・・一人のイギリス人をブッタ斬った薩摩の武士が、めぐりめぐって倒幕させたといっても過言ではないだろう。
 なお、すでに前ページで写真を載せているが、江戸を戦場にせず、無血で幕府を倒した立役者が “西郷隆盛”。わたしの尊敬する人物の一人でもある。
 鹿児島県には、もうひとり知名度の高い人がいる。明治初期の政治家 “大久保利通”だ。しかし、西郷さんと対立関係になり、西南戦争で結果的に殺してしまった大久保さんは、西郷さんの絶大な人気に比べ、地元でのイメージは高くない。ま、江戸から来た私には感覚的なものは分からぬが。
大久保利通の銅像とニッポンのゼファー。

なんだか歴史の学習みたいになってしまったので、
たまには走りの写真をどうぞ。

単気筒のダッダッダッ、と、ガタコン、ガタコンの市電の音が聞こえるでしょ?
しかしねえ、尾原も私のバイクも市電も走ってるのだが、
シャッタースピードが早いんで、止まってようにしか見えない。
しかたがないのだ、一人走行写真は。


南九州自動車道を川内(せんだい)に向かって驀進。幸運にも雨は降っていない。




 東京のJR窓口で「せんだい!」と言ってキップを買うと、間違いなく宮城県の仙台のキップを渡されるだろう。 そんなことはどうでもよいのだが、我々が向かうのは“川内”である。

 川内市内で織物の卸しと小売を営む“きもの幸造”に立ち寄る。 「きのう、織り元に行ってきたじゃないか!」 と思われるだろうが、昨日は “手織り” の大島紬。今日ここに用があるのは、いろんな織物の勉強と “機械織り” の大島紬を求めること。そして弊社ジャケットとの合体製品化を計る。
 以前、“きもの幸造”から機械織りの大島紬を買った。それがきっかけだったのだが、もちろんここに来たわけでなく、ネットの通販だ。この業界でHPを発信しているのは、ほんのひとにぎり。きもの幸造がHPを開設しているのは珍しいのである。もっとも、「ホームページで織物は、なかなか売れない」 と、ここの三代目ご主人、原之薗幸造氏は言う。そう、織物は行って、目で見て触れて購入するものなのだ。

いろいろな柄の大島紬を見せてもらう。タータンチェックとでも言おうか、格子柄が多い。


原之薗家の元は“京染”。だからこの店舗には、京都の反物も取り揃えている。


私が持ってきたチェック柄の見本帳を参考に、ペアスロープ オリジナル柄の大島紬を織り上げようって寸法である。


大島紬を使った小物も数多い。弊社でも、“革と大島紬”をぜひ企画してみよう。

 こうして打ち合わせを終え、ペアスロープオリジナル格子柄の本場大島紬はいずれ届くだろう。そしてそれを部分使いした伝統的な“和”の香り、いや、もっとも新鮮なジャケットができると確信している。

 そうそう、関絹織物 “手織り”の大島紬ジャケットは売るのかって?
 あれは“製品”ではなく“作品”。自分用の豪勢に全面使いのジャケットを作り、美術品感覚で着るつもりだ。さぁ〜て、ここまでフロシキを広げたのだから「俺にも作って!」と手を上げる人も、全国には数名いるかもしれない。
 いいでしょう、つくりましょっ。
 しか〜し、もういちど前のページを読んで、一反を織リ上げるのに、そして弊社工房でワンオフの一着を仕立て上げるのにどれだけの時間を要すのかをある程度理解したうえでご注文ください。 “商品”という感覚ではないのです。 
■もし万が一、希望する方がおられるなら、担当は筆者:三橋です。“手織り”は他のスタッフで、とても手におえる作品ではありません。ちなみに一反の手織りと弊社縫製時間の合算は最低100時間(一般的なアルバイト時給で計算しないよう願いますね!)。※通販ぜったい不可能。


午後2時、この直後はずっと雨なので、芋焼酎蔵元巡りを断念し、阿蘇に直行。




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